日本ナザレン教団飯塚キリスト教会日本ナザレン教団飯塚キリスト教会

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飯塚教会の牧師を紹介します


牧師:末吉 貞雄・末吉 百合香

2021年4月、飯塚教会九代牧師として赴任。

末吉 貞雄 師 プロフィール

あなたにも神のご計画がある

 1955年大阪市生野区鶴橋(現在は桃谷)という下町で、家族でゆでうどん等の麺を造る家の三男として生まれました。父方母方双方の祖父は共に民間神道の祈祷師でした。祖父は長男の父が二十歳の時に急死、父は5人の弟と一人の妹の親代わりかつ製麺所の代表者として苦労する中、檀家であった浄土真宗西本願寺派のお寺の創建に寄与し、総代を務める熱心な信徒でした。毎月先祖の墓を
参り、奈良大峰山の修験道にも加わり法螺貝を吹きながら毎年山に入り総先達として指導的立場でもありました。家には仏壇、間口一間の神壇、神棚(稲荷さん・三宝さん・巳さん)があり、毎月民間神道の祈祷師が来て護摩を焚き御加持をして悪鬼を祓いました。四柱推命の易者さんも来たことがありました。この様に多彩な宗教環境の中で私は育てられました。
 私がキリスト教と関わるのは大きく三回ありました。
①小学3年の時、友人に誘われ大阪桃谷ナザレン教会のボーイスカウトに入団、毎週教会学校に出席しました。しかし、一年余りで行かなくなりました。
②不思議ですが父は私を中学高校とミッションスクールに入れてくれました。しかし、信仰には至りませんでした。
③姉がミッションの短大に入学して毎週桃谷教会の礼拝に出るようになり洗礼を受けました。その時から私は姉から何度も教会に誘われましたが、クラブ活動や受験準備で忙しい理由で断わり続けました。
 神には御計画がありました。それはクラブ活動から離れ受験も終え、大学に入りホッと一息ついた時でした。今までベルトコンベアーの様に運ばれて来たが、ふと立ち止まって自分の人生に目を向けるようになり、図書館で人生論などを読みあさっていました。その時に姉が二十歳の誕生プレゼントとしてくれた英語対訳の新約聖書の表紙に書いてあった聖書の一節『あなたの若い日に
、あなたの造り主を覚えよ。年が寄って私には何の楽しみもない、と言う前に』を私は見て、今度は私の方から姉に聖書を学びたいと願い出、聖書学び会に出席し、その年のクリスマスに受洗しました。
 建築学科卒業後、地元の住宅会社に就職、26歳で結婚。三人目出産の為百合香牧師が実家に帰っている間、就職9年目の秋、私は神からの献身の招きを受けました。ルカ9章58節「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕する所がない」。ピリピ2章13節「あなたがたの内に働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである」。神を信じこの二つの言葉に支えられて前に進めました。神の導きにより百合香牧師、両親、社長、全員の了解を得1986年、新大阪のホームで両親兄弟の見送りを受け、0歳1歳3歳を連れて上京しました。神は初めて上京する私たちに、時を同じくして献身した東京町田の姉夫婦の近くのアパートを与え、家族を支えて下さいました。卒業後、京都嵯峨、千葉成田、大阪楠葉台、京都城陽、そして福岡飯塚にやってまいりました。
 教会に来てみてください。あなたにも神の御計画があります。

末吉 百合香 師 プロフィール

初めての地 飯塚

創世記13章14-17節「主はロトが分かれて行った後、アブラムに言われた。『さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう。さあ、この土地を縦横に歩き回るがよい。わたしはそれをあなたに与えるから。』」
 引越しの片づけの中で、市役所の8回の食堂で飯塚市を見渡した時、この御言葉が突然浮かびました。この箇所は、アブラムは家畜が増えすぎ甥のロトと共におられなくなり、別れる時にロトに先に土地を選ばせます。ロトは肥沃な低地を選びました。アブラムは残っている方を見て、少し心が沈んでいたかもしれません。その時、主は声をかけられたのです。アブラムは主の言葉に励まされ前進します。私はこの御言葉が与えられ「私たちはこれからここで伝道牧会を新たに始めるんだ」と思いを引き締めました。み言葉にあるように、毎晩、東西南北と4〜5キロ、ウオーキングをしています。近くの遠賀川には立派な橋が何本も掛かっています。これから、どんな方々との出会いがあり、主はいかなるお働きを見せてくださるのか、救いに与る方々を与えてくださるのか、主への期待がふくらみます。
 さて、自己紹介を兼ね証しさせていただきます。私は島根県出雲市生まれで両親は出雲ナザレン教会の信徒でした。両親は既に帰天。就職で大阪に出て、桃谷教会で再び教会生活を始め19歳で受洗。桃谷教会員の末吉貞雄と結婚。結婚生活4年目に貞雄は召命を受け(磯崎牧師の特伝にて)、子ども3人(3歳、1歳、0歳)と共に家族5人で上京。神学校の寮は満室で入れず、姉の住む町田市から渋谷区青葉台にある神学校に3年間通いました。初任地は京都嵯峨教会(7年牧会)。この間に現役牧師が召天(土肥忍牧師、山下牧師)され、地区の牧師たちが応援に行くという出来事がありました。そんな中、主のお役にたちたいという思いが起こされ、献身を決意しました。中2の長男、6年生の次男、5年生の長女と家族5人で再び関東へ。キリスト教短期大学(千葉)、ナザレン神学校と5年の学びを終え、伝道師の資格を得ました。その後、成田教会と学園教会をそれぞれに専任牧師として牧会する経験もさせて頂きました。按手礼も授かり近畿では、楠葉台教会2年、城陽教会11年の共同牧会の後、今年、飯塚教会に任命を受けました。私が教職の資格を頂いてからは、共同牧会のスタイルで歩んで来ました。また、按手礼を受けるということは、説教者として立つことを意味します。城陽教会でも2ヵ月交代で説教を担当してきました。飯塚でもそのようにしていきたいと思っております。
 飯塚の地で主が働かれ、御業を行われる多くの幸いを見させていただけると期待しております。コロナ禍で通常の活動ができないですが、しかしかえって人々の不安は高まっています。主を求める魂は周囲に沢山あります。その魂が教会に導かれてくるように祈りつつ、機会を捉えて主に仕えて行きたいと思います。

ローア部牧師:鈴木 龍生

1984年3月、飯塚教会へ東洋ローア部より加入。

歴代牧師

初代牧師
1959.04~1963.03
久保木 勁 師
久保木牧師初代牧師として、神学校卒業後赴任。力強い説教は、今も心の中に刻まれている。後に教団理事長となられた。
第二代牧師
1963.04~1969.03
福田 光治 師
福田牧師賛美の歌声は朗々とし、心豊かで温厚な人柄は皆から慕われた。
第三代牧師
1969.04~1973.03
吉武 昭男 師
教会学校の育成に尽力され、当時の生徒たちが今日の飯塚教会を支える原動力となられた。
第四代牧師
1973.04~1975.03
井出下 哲雄 師
井出下牧師教会隣接地の購入のために尽力され、今日の新会堂、牧師館建設の基礎を造られた。
第五代牧師
1975.04~1992.03
谷 志朗 師
谷牧師新会堂、牧師館、納骨堂の建築、完成。ローア部の創設。韓国教会との交流など飯塚教会の成長発展につながる働きをされた。
第六代牧師
1992.04~2011.03
水城 一哲 師
水城牧師筑豊宣教50周年を契機として会堂を改築。主日の2回礼拝などを実行、聖書全体を紐解いて語られる説教は、多くの信徒が感動を与えられた。
第七代牧師
2011.04~2018.03
日下部 繁 師
日下部繁牧師誰でも気軽に教会へ来会できるように、積極的に文化教室なども取りれコミニュケーションを大切にされ、いつも前向きで信徒の先頭に立って導かれた。
第八代牧師
2018.04~2021.03
関谷 信生 師
関谷牧師